●聖書について
聖書とは、キリスト教、ユダヤ教及びイスラム教の教典、正典です。世界で最も発行されている本としてギネス・ワールド・レコーズに登録されています。
聖書は、ユダヤ教およびキリスト教関連の宗教ではもっとも重要な宗教文書とされています。もっとも、旧約聖書と新約聖書の両方を聖書と呼ぶのはキリスト教の立場に基づくものであることは留意すべきです。
ユダヤ教にとっては、いわゆる新約聖書は教典ではないのですが、イスラム教にとっては両聖書(正確にはその一部)とクルアーンとはいずれも教典(又はそれに準じて尊重される文書)になっています(ただし、クルアーンが優越すると考えられていて、内容に齟齬がある場合はクルアーンの記述が優先されます)。
●ユダヤ教の聖書
ユダヤ教において、聖書とは、紀元前4世紀までに書かれたヘブライ語およびアラム語の文書群を指しています。
つまり、律法と呼ばれる文書(モーセ五書)を軸に、預言書(神からの啓示である預言の記述)および歴史書、諸書と呼ばれる詩や知恵文学を加えたもののことですね。
ユダヤ教の聖書は、キリスト教でいう旧約聖書と内容は同一です。紀元前4世紀頃には、この文書群が、「聖書」つまり統一された1つの書物として認識されるようになりました。現存する最古の写本は紀元前1世紀頃書かれたとされる死海写本に含まれています。
紀元前4世紀頃から、ギリシア語訳が作られるようになりました。有名なものにアレクサンドリアで編纂された七十人訳聖書があります。
現在、正典とされるものの範囲は、1世紀末のヤムニア会議で確定されました。正典とされる書物の範囲は本来慣習により多くは固定されていませんでしたが、エルサレム神殿崩壊ののち、ユダヤ教のキリスト教に対する民族的、宗教的結束を図る動きがあり、ヘブライ語・アラム語(アラマイ語)の原典の存在が知られていたもののみを聖書正典と定めました。
また、正典から除外されたものを、外典・偽典と呼んでいます。16世紀にキリスト教プロテスタント諸派が、このときユダヤ教が聖典としていた文書群の範囲を採用しキリスト教にとっての旧約聖書であるとしています。
●キリスト教と聖書
聖書はキリスト教の聖典であり、いくつかの文書群からなっています。
英語の音訳から、バイブルとも言います。バイブルは biblia (書物の意、複数形)から来た語で4世紀ごろからそのように呼びました。旧約聖書(Old Testament)と新約聖書(New Testament)からなります。
キリスト教では、イエス・キリスト以前の預言者と神の契約、つまりユダヤ教の聖書を旧約と言っていて、キリスト以降のキリストの言葉や奇蹟を弟子達がキリストの死後書いたものを新約聖書と称しています。
「旧約」「新約」の「約」とは、神との契約のことで、2世紀頃からキリスト教徒の間で呼ばれ始めました。一般的に誤解されている知識として、「新約」はユダヤ教での神との契約を反古にして、神と新たに契約したということで、「旧約」聖書は教典の役割を果たさないものであると思われているようですが、例えば新約聖書マタイ伝の一節「天と地が消え失せるまで、すべてが成し遂げられるまでは、律法から一点一画も消えることは無い」(5:18)に見るように、キリスト教においても旧約聖書は決して無視できない書なのです。
一方、旧約聖書の範囲は、教派により異なります。その範囲を七十人訳聖書の範囲をそのまま引き継ぐという主張がありますが、それに対してヒエロニムスやアタナシオスは違う見解を残しています。
16世紀にマルティン・ルターがヒエロニムスを踏襲し、ヘブライ語(およびアラム語)原典にないとされた文書を旧約聖書から排除したため、ローマ・カトリック、東方正教会、プロテスタント諸派によりその構成は異なっています。
●聖書の主な登場人物
アダム
アビシャグ
アブサロム
アブラハム(アブラムから改名)
アベド・ネゴ(アザルヤ)
アベル
アロン
イサク
イゼベル
エステル
エサウ
エズラ
エノク
エバ(イブとも表記される、アダムの妻)
エレミヤ
オナン
カイン
バラク
ゴリアテ
サウル
サムソン
サラ(サライを改名)
シェバ
シャドラク(ハナンヤ)
セト(セツ)
セム
ソロモン
ダニエル(ベルテシャツァル)
ダビデ
テラ
トバルカイン
ナオミ
ネブカドネザル2世
ノア
ヒラム
ボアズ
ミリアム
メシャク(ミシャエル)
メトシェラ(メトセラ)
モアブ
モーセ
モルデカイ
ヤコブ(イスラエル)
ヤペテ
ヨアハズ(ウジヤまたはアハズヤ)
ヨシュア
ヨシヤ
ヨセフ (ヤコブの子)
ヨブ
ラケル
リベカ
ルツ
レア
レメク
レメク (ノアの父)
ロト
●アダム
アダムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の伝承によると、創造主ヤハウェ・エロヒムによって創られた最初の人間です。ユダヤ教、イスラム教、マンダ教、バハーイー教では預言者とされています。
モーセ五書と旧約聖書に含まれる『創世記』では、第2章と3章でアダムについての物語が語られ、4章と5章でも一部触れられています。エチオピア正教など少数の協会における聖典『ヨベル書』、『エノク書』等でもアダムの生涯が詳細に語られていますが、多数派の教会では認められておらず、ユダヤ教徒、キリスト教徒の大部分からは聖典でない外典とみなされています。
『創世記』には、創造に関する2つの話が収められています。歴史学者や言語学者は、これはヤハウェ・エロヒム(以下ヤハウェという)信仰者によるものとエロヒムを信仰する司祭によるものの2種類の出典からきているためだと信じています。
紀元前5-6世紀ごろに成立したと見られる司祭による出典によると、エロヒムは全ての生き物と人間を天地創造の最終日6日目に創造したとされています。エロヒムは全ての生物を創造した最後に自分達の姿に似せて男と女を創って彼らが多くを得られるように祈り、「海の魚、空の鳥、家畜、地の全ての獣・這うものを治める者」になるように任じました。
紀元前10世紀ごろに成立したと見られるヤハウェ信仰者による出典によると、ヤハウェは地が乾き、なにも生えていないころに最初にアダムを創造したとされています。ヤハウェは地面の土(アダマ)を使ってアダムの形を作り、鼻の穴からルーアハを吹き込みました。ヤハウェはアダムをエデンの園(中央に知恵の樹と生命の樹を生やした)に置き、ここにある全ての樹の実を食べても良いが、エデンの園の「善悪の知識の木」の実だけは食べると死ぬので決して食べてはならないと命令を下しました。
ヤハウェはその後、「人間が一人だけではよくない」と考え、野の獣と空の鳥を創造し集めてアダムにそれぞれの名前を付けさせました。しかしアダムと暮らすにふさわしいものがいなかったので、ヤハウェはアダムを眠らせ肋骨を一本取って、その肋骨からイシャー(女)を作った。この女はハヴァ(חַוָּה、ヘブライ語)(以下聖書の項ではイヴ)という名前で記述されます。
その後、ヘビ(後に『ヨハネの黙示録』 12:9でサタンとされた。また、ユダヤ教の伝説では正体はリヴァイアサンという説もある)にいわれてイヴが、そのイヴに言われてアダムがヤハウェの命令に背いて「善悪の知識の木」の実を食べてしまいました。
その結果、2人は直ちに自分たちが裸であることに気づき、体をイチジクの葉で隠した。度々議論の対象になっていますが、このときに、アダムに髭が生えたと言われています。詩人バイロンによれば髭は罪のしるしであるそうです。
そしてヤハウェがエデンの園を歩いていると、アダムとイヴが隠れるのが見えました。神が何をしているのか尋ねると、アダムは自分が裸で恥ずかしいために身を隠したと答えました。ヤハウェが「善悪の知識の木」の実を食べたのかと尋ねると、アダムは、イヴだけが食べたと答えました。これはアダムが犯した最初の罪です。
ヤハウェは、アダムとイヴが生命の樹の実を食べ自分達と同じになることを恐れ、エデンの園を追放され、呪いがかけられました。
楽園を追放されて初めて、アダムは自分たちの食糧を得るために働き始めました。アダムとイヴは沢山の子をもうけましたが、『創世記』にはその内3人の名前だけが記されています。カイン、アベルとセトである。『ヨベル書』ではさらに、セトの妻となったアズラ、カインの妻となったアワンという娘2人の名前も記録されています。『創世記』によるとアダムは930歳で死にました。
17世紀のアイルランド大主教ジェームズ・アッシャーらの計算によると、アダムは9代目の子孫であるノアが生まれる前に127歳で死んだとされています。これによれば、アダムの生涯はノアの父レメクと少なくとも50年間は重なっていたことになります。
また、アダムはゴーレムと同様に土の人形に生命の息吹を吹き込まれて生まれたので、アダムこそが世界で最初の、それも「自我を持ったゴーレム」であったのではないかと言われています。
『ヨシュア記』によると、イスラエルの失われた10支族がカナンに入るためにヨルダン川を越えた時代には、洪水の水が乾いたアダムシティの位置は、まだ知られていたらしいです。